この原因の一つが、祖国を誇りに思えないような自虐的な情報を流布してきたマスコミと言われている。このマスコミによって、反日日本人が増加する構造的な問題を次に記す。
・第7章 マスコミ・文化人の大罪
日本をダメにした売国奴は誰だ! 前野 徹 (著)
市民団体という名の反日日本人
戦後の偏向教育の過程で現れたのが反日日本人だった。反日は、敗戦直後は左翼勢力がになっていたが、そのうちに偏向マスコミ、偏向教育による反日史観の吹き込みによって次の世代へと広がった。
それが目に見える形となって現れたのが、1960年代から1970年代にかけて燃え上がった学生運動だった。そのころから、もう30年以上たっている。反日日本人は、日本の社会の隅々まで拡大している。
すでに一般社会のなかにも反日日本人は根付いている。彼らは、かつてのようにゲバ棒を持って破壊活動を行うという過激な行動には出ない。市民団体という衣を着て、社会正義や人権擁護をかかげて政治や世論に働きかけ、日本の国を卑(いや)しめ、つぶそうとする。看板だけはもっともらしい分、一昔前よりはるかに始末が悪い。
(省略)
反日マスコミの意図的な誤報
(省略)
一見もっともらしい論理で、庶民の味方を気取っているが、空疎で何の定見もない、ただ大衆に聞こえの良い言葉で媚びる年収1億円を超える人気キャスターに、すぐばれるウソをでっち上げるテレビマン。
「病、膏盲(こうこう)に入ったな」と私は感じた。病気にたとえれば、第一世代は保身のために、やむなく敗戦病を受け入れた。第二世代は自ら積極的に病気になり、病原菌をまいた。第三世代は重い敗戦病に侵されているにもかかわらず、自分は健康体だと思っている。
全共闘世代に代表される第二世代は、病気にかかっていることがわかっていたので、まだ完治するチャンスはあったが、第三世代は病気になっていることさえも気づかない。
一度も戦後の価値観に疑問を抱いたこともなく、自虐史観を当然のことと考えて垂れ流すマスコミ世代の出現に、私は恐怖を覚える。
実際の病において、自己の体調が悪いことを認識する能力(病識)がない場合がある。この病識のない患者を病院につれていくのが、実はかなり厄介である。病院に連れて行こうとすれば「病人扱いするな!」と怒鳴られ、かといって放置すれば、病状が進行する。言葉を選んで説得しても、多くの場合は、もめる。このような経験はできれば二度としたくないものだ。だが、これと似たようなマスコミの被害を受けた病識のない患者が、あちらこちらにいるので、類例が起こり得る。そう考えると私も恐怖を覚える。
では、マスコミが、自虐的な情報を流布するようになったのは、何故なのだろうか?それを知るには、少し歴史を紐解く必要がある。
・現在もなお検閲下にある日本 江藤
断固「NO(ノー)」と言える日本 石原 慎太郎 (著), 江藤 淳 (著)
自主検閲をしくまれた日本
(前略)
当時米占領軍の民間検閲支援隊(CCD)は、毎月千九百万通から二千万通の郵便を取り扱い、そのうち月平均四百万通の私信を開封して、日本の世論の動向を探っていたからです。
石原さんと同じように、私も教科書に墨を塗られたりして、戦後の教育制度の激変に翻弄された世代ですが、今日から振り返ってみると、一番影響が今日に残っているのは、修身と地理歴史の教育禁止ではなかったろうかと思います。これは昭和20年(1945)12月31日、「修身、日本歴史及ビ地理ノ総テノ課程」がGHQ指令によって即時中止されたという出来事です。翌21年(1946)1月11日、文部次官はこれに関する「依命通諜」を各地方長官と学校長宛てに発しています。
修身はこの指令によって廃止され、紆余曲折を経て今日の道徳として復活しているけれどもいまだに教科書がありません。だから普通受験校では受験の補修、そうでない学校では遊び時間になっている。歴史について言えば、歴史教育を禁じた代わりに、GHQは昭和20年12月8日、日米開戦の日を選んで朝日、毎日、読売等の各新聞社に、用紙の特配をして4ページの紙面を作らせ、見開き2ページに「太平洋戦争史」なるものを掲載させました。これは「連合軍司令部提供」で、以後今日までの日本の近現代史の歴史記述を拘束しています。地理はさきほど言ったように、国境の画定、つまり戦後世界の分節化−意味づけそのものにかかわる教科だから禁止されたのです。
もう一つ影響が今日に及んでいるのは、言葉に対する占領権力の行使です。これは通常、「国語改革」といわれているもので、当用漢字新仮名の強制から始まりました。そこに検閲をするため、なるべく日本語を簡便にしたいというアメリカの意図が作用していたことは否定できないと思います。占領が終わって2年後の昭和29年(1954)から見直しに着手して、歴代の国語審議会がこの問題に取り組んできましたが、いまだに抜本的な改正はできていません。高校以上は原則的に自由だと言っても、義務教育段階で新仮名と制限漢字を強制されるから、事実上国民の国語能力がそれまでにコントロールされてしまいます。その結果、現在の若い人たちは旧漢字旧仮名で書かれた戦前の文献が読めなくなっている。岩波文庫にはいっている夏目漱石の作品さえ、原文を書き替えているというのが現状です。
日本占領中にCCD(米軍民間検閲支援隊)が行った検閲は二段階に分かれます。終戦後間もない昭和20年10月8日から昭和23年7月25日まで、全国主要新聞は事前検閲に付されていました。新聞、通信社の記事は、一切校正刷のまま、日比谷公園の市政会館内にあったCCD新聞係に持っていって、検閲を受けたのです。そして、OKならパスのスタンプを押されるのですが、デリートという削除やサプレスという全面掲載禁止の処置を受けることもありました。しかもこれは、戦前・戦中に日本の内務省や情報局の行った検閲と違って、検閲の証拠が残らないように周到な注意を払っていた検閲でした。だから、当時の朝日新聞でも読売新聞でも、アメリカ兵が婦女暴行をしたという記事が掲載禁止になると、突然、アメリカでは最近新しい冷蔵庫ができて非常に便利だなどという記事に差し替えられるというわけです。CCD当局は、あらかじめリーダーズ・ダイジェストあるいはAP,UP,INSなどという通信社が提供した穴埋め原稿を用意して、差し替えさせるということをしていた。なぜ検閲の存在を秘匿したかというと、ポツダム宣言の第10項に「言論の自由を保障する」ということが謳(うた)われており、占領軍が起草した現行日本国憲法の第21条も、「検閲は、これをしてはならない」と規定しているからでしょう。つまり、建前として日本は、「言論の自由」を保障されていることになっていたので、検閲はどうしても隠蔽されなければならなかった。別の言葉でいえば、戦後たしかに日本政府の官憲による検閲はなくなったけれども、それと同時に占領軍CCDの覆面検閲が始まっていた。「言論の自由」は少しも保障されていなかったということになります。
昭和20年から23年にかけて、大体東京裁判の決着がついた頃から事前検閲は事後検閲に移行しました。事後検閲とは何かというと、一応自由に書いてはいいのだが、刷り上ったものを占領軍CCDが見て、これはけしからん、となったときには回収断裁されたのです。裁断されれば事実上発行ができなくなるばかりでなく、版元も著者も莫大な損失を受けます。新聞に限らず書籍もそうでした。一番大変だったのは映画でしょう。投下資本が大きいから、一本撮り上げて、試写で事後検閲されて、「ダメ」と言われたら、何千万円、何億円という大金が全て無になってしまう。東宝もひどい目にあっていますが、日映などという左翼系の会社は、事実上検閲でつぶされたようなものです。
問題は、事前検閲よりも、事後検閲がそのまま自己検閲になって、その後遺症がいまも続いていることだと思います。わかりやすい例でいうと、例えば『「NO」と言える日本』という本を10万部刷ったとする。それが刷り上った段階で占領軍CCDの事後検閲にかけられ、「ダメ」と言われたら版元は大損をします。本は、断裁され、一冊も売れなくなるからです。そうすれば版元は、二度と石原晋太郎という著者には頼まなくなる。これが自己検閲・自主検閲です。
(後略)
このようにGHQの検閲のカラクリが、そのまま自己検閲となって、産経新聞を除く多くのマスコミの組織の中で今も続いている。マスコミにおける自己検閲のカラクリを構造改革することを望む。
さて、検閲指針に関する史料を次に記す。先人に残して頂いた史料を広めずにはいられない思いである。
・忘れさせられた事 (江藤淳氏追悼号)
国際派日本人養成講座 平成11年7月31日
(前略)
■5.検閲の中の民主主義ごっこ■
検閲の対象となったのは、軍国主義を鼓舞するような「民主主義に対する障礙」ばかりではなかった。民間検閲支局の検閲指針として、30項目の「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」が挙げられていた。その中で、占領軍行政、連合国に対する批判はすべて封じられた。連合国の戦前の政策を批判したり、占領軍兵士の婦女暴行や強盗犯罪などの報道も禁じられた。
朝日新聞は、昭和20年9月前半までは米兵による婦女暴行の報道、原爆や病院船攻撃など連合国側の国際法違反に言及する記事を掲載していた。これが民間検閲支局の忌諱にふれて、48時間の発行停止処分を受ける。これを機に、朝日の報道は、180度転換して、占領軍の意向に沿ったものとなる。今日まで続く朝日の論調は、この時に始まったものである。
JOG(49) 終戦後の戦い
「満州における日本人取り扱い」への言及も禁じられたが、これは、ソ連による満州居留民の虐殺、日本軍将兵のシベリア抑留などのことであろう。またすでに始まっていたソ連との冷戦に関する情報も禁じられていた。「平和を愛する連合国」が残虐行為をしたり、仲違いを始めているというような事実は、都合が悪かったのである。
さらに検閲指針では、「連合国司令部が憲法を起草したことに対する批判」も削除または掲載禁止の対象とされた。占領軍による憲法改変は、国際法であるハーグ陸戦規則第43条の「占領地の法律の尊重」の違反であり、またポツダム宣言12条の「日本国民の自由に表明せる意思に従い」という条件に背反する。
占領軍が起草した日本国憲法の第21条第2項には、「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」とある。その蔭で、当の占領軍により、大規模な検閲が行われていたわけである。さらに上記「検閲指針」の違反者は米軍の軍事法廷で訴追され、江藤氏の調べた範囲での最高刑は、沖縄における強制重労働3年乃至5年であった。[3,p248]
占領下の日本は、見えない検閲システムの中で「自由ごっこ」「民主主義ごっこ」をさせられていたのである。
(後略)
■ 参考 ■
1. 「閉ざされた言語空間」、江藤淳、文春文庫、H2.1
2. 「忘れたこと忘れさせられたこと」、江藤淳、文春文庫、H4.1
3. 「一九四九年憲法−その拘束」、江藤淳、文春文庫、H7.1
ところで、事後検閲で、一番大変だったのは、映画だったとのこと。『花よりもなほ』(監督:是枝裕和)という映画が、次のように評判悪いのは、検閲のカラクリが原因だったのだろうか、それともマスコミや教育が原因だったのだろうか?
・日本映画「花よりもなほ」に見る映画界の日本破壊工作
☆☆甦れ美しい日本☆☆
誰に言われるでもなく、久しぶりに日本映画を見るかとぶらっと昨日封切のこの映画を見た。岡田准一 、宮沢りえ 、古田新太 、浅野忠信 、香川照之などが出演する映画で監督脚本は是枝裕和という人物。この監督Wikipediaで調べてみると1962年、東京生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、現在に至る。95年に初監督した映画『幻の光』 が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。以降 『ワンダフルライフ』 『ディスタンス』 と作品を発表。03年夏には初プロデュースした2本の映画 『カクト』 (伊勢谷友介監督)『蛇イチゴ』(西川美和監督)が公開された。04年、カンヌ国際映画祭にて『誰も知らない』が映画祭史上最年少の最優秀男優賞を受賞し、話題を呼ぶ。05年、自身がオリジナルに脚本を手がけた『花よりもなほ』で"仇討ち"をテーマにした初の時代劇に挑戦する。
ということで国際的に活躍している40歳台の団塊の世代とは異なる世代に属するようだ。
映画の筋はというと、元禄時代の「悪ふざけ」仇討ちもの。父の仇を討つため信州松本から江戸に出てきた青木宗左衛門は、長屋で実家からの仕送りだけが頼みの貧乏生活で、憎き父の仇、金沢十兵衛を探していた。仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。この宗左、まったく駄目な侍で、剣の腕は道場の稽古の域をでない。女々しいこの侍、近所の子どもたちを集めて寺子屋を開いている。生活臭ぷんぷんのおんぼろ長屋衆とこの侍とのお笑い物語。そこに赤穂浪士の浪人などが登場して、仇討ちや憎しみなどくだらないと、侍がいまそこにある元禄版「生命至上主義」生活をエンジョイしようというもの。昨今のテレビなどの低俗番組並みの脚本で、ここまで日本映画も堕ちたのかと唖然とした次第だ。
冒頭この太平の世の中(時は元禄時代)農民や商人(あきんど)は必要だが侍など必要はないと言い切り、まさにそれは戦後60年の平和ボケとサヨクの洗脳を受けた、自衛隊など必要ないと言っているようなものでまず血圧がアップ。
挙句の果ては侍として親の敵を討つという倫理観、使命感も根底から否定し、憎しみだけではむなしいと偽善に満ちた憲法序文のような科白を宮沢りえの口から言わせ、仇の子供や親を見て仇を討つことをやめてしまう。それでいてちゃっかり褒美の金を取るために仇討ち芝居を行いお上から金をせしめる。その行為自体を監督も脚本も賛歌しているのだ。僕に言わすれば、侍という日本文化をここまで不純で不潔極まりない姿に矮小化する、冗談でも許されない行為である。それは金のために売春をして、何がわるいとの女子高校生と同じ腐りきった精神の堕落そのものである。
しかもあの赤穂浪士討ち入りという、日本人の歴史上の誇りであるともいえる美談について、主君の仇討ちも茶化しまくり、浅野も49士も馬鹿扱いで、討ち入りが吉良の寝入り時を狙った卑怯なものだと聞き捨てならないことを言わせる。そして49士のなかで、討ち入り後一人消えた足軽寺坂吉衛門を登場させこの茶化しに色を添えさせる。あきんどが使う大阪弁を浪士に意図的に使わせるなどここまで美談を貶める意図がありありと見える。
江戸の長屋連が、綱吉の生類憐れみの令に逆らって犬鍋を食べる場面なども、徹底的に国家権力を悪として意図的にたたく監督の意図が見える。良く聞け!そこの監督よ、日本人に犬を食べる習慣などないことを!覚えておけ!
この監督まさに日本をメルトダウンさせようとの邪悪な意図があるのか、これでもかこれでもかと日本文化を矮小化し茶化しまくる。まるでどこかの第三国の謀略に沿って日本文化を根底から破壊させる意図ではないかと僕は見た。このような自虐映画が無抵抗に観客に受け入れられ、日本人自身が自尊心を傷つけたとの自覚も無く観客はただ笑う姿を見て、戦後の自虐根性が真綿で首をしめるように、ここまで来たかという感がある。これはもうまさに日本人もアメリカや中国の隷属民として「パンとサーカス」の民に成り下がったものといえる。アメリカの第51州か中国の第二のチベットの道は、いまそこにあるように見える。
そういえばこの映画、肥え溜やら、糞やら、雲固やら排泄物の話がテーマとしてあり画面から悪臭が漂ってくるである。日本文化を茶化しまくり、挙句の果て日本人の清潔感をあざ笑うような糞尿の世界を下卑た言葉で話しているのだ。もうこうなったら美的世界から程遠い内容である。このような映画が日本代表としてカンヌやベニスなどで大手を振って歩いているとすれば、日本文化が捻じ曲がった形で誤解されること間違いない。そしてくだらない戯言が精神的にも武装解除された抑止力ゼロの国として世界に恥をさらすことになること請け合いである。それこそこの映画の狙いではないだろうか。
反日という日本にとっての「最大の敵」は実は日本の内部に存在するという、この現実を痛感した次第である。
奥山篤信:
京都大学工学部建築学科卒
東京大学経済学部卒
三菱商事本社入社
6年余にわたる米国三菱ニューヨーク本店勤務を経て
平成12年退社
平河総合戦略研究所代表理事
「仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。」といった内容は武士道の精神が踏みにじられた気がしたので、再度、武士道について触れてみたい。武士道は、しばしば、次のような意味として使われている。
・戦争と平和を考える
日本には武士道というものがかつてあり、子供の教育にも、それが活かされていました。よく誤解されるのですが、「武士道」とは戦うことだと理解されているようですが、「武」は「矛を止める」意味であり、「士」は「そのことを理解している人」の意味で、「道」は「人の生きる道」と言う意味です。
この武士道には、「名誉」や「忠義」といったような徳目がいくつかある。「名誉」と「忠義」の徳目の意味は、次の通り。
・「武士道」Bushido The Soul of Japan
第八章 「名誉」−苦痛と試練に耐えるため
(名誉:すぐれているという評判を得ること)
不名誉はその人を大きく育てる
人を人たらしめている部分、そしてそれを差し引くと残るのは獣性しかない。
高潔さに対するいかなる侵害も恥とされた。そして羞恥心という感性を大切にすることは、幼少の教育においても、まずはじめに行われた。羞恥心は人類の道徳意識の出発点である。
武士道はなぜ忍耐強さの極致に達したのか
名誉の繊細な掟がおちいりがちな、病的な行き過ぎは寛容と忍耐で相殺される。ならぬ堪忍、するが堪忍、取るに足らない侮辱に腹をたてるならば、すぐれた人物にふさわしくないが、大儀のための義憤は正当な怒りである。
名誉はこの世で「最高の善」である
名誉は「境遇から生じるものではなく」て、それぞれが自己の役割をまっとうに努めることにある。恥となることを避け、名をかちとるためにサムライの息子はいかなる貧苦をも甘受し、肉体的、あるいは精神的苦痛のもっとも厳しい試練に耐えたのであった。もし名誉や名声が得られるならば、生命自体はやすいものだとさえ思われた。したがって生命より大切とする根拠が示されれば、生命はいつでも心静かに、かつその場で棄てられたのである。
第九章 「忠義」−人は何のために死ねるのか
(忠義:国や主人にまごころをつくして仕え、命さえ捨てること)
日本人の忠義とはいったい何か
主君に対する臣従の礼と忠義の義務は封建道徳を顕著に特色づけている。忠義心がもっとも重みを帯びるのは、武士道の名誉の規範においてのみである。
命令に対する絶対的な従順が存在した
義務の命ずるところに対する従順、そしてより高い世界から発せられる命令に対する絶対的な従順が存在した。
武士道では個人よりも国を重んじる
武士道においては、一族の利害とその個々の成員の利害は一体不可分であるとする。武士道はこの利害を愛情、すなわち自然で、本能にもとづくもので、かつ他の者がとってかわることができないもので結びつけた。
サムライの真の「忠義」はここにある
己の良心を主君のきまぐれや酔狂、思いつきなどの犠牲(イケニエ)にする者に対しては武士道の評価はきわめて厳しかった。そのような者は「佞臣(糟イシン)」すなわち無節操なへつらいをもって主君の機嫌を取る者、あるいは「寵臣(チョウシン)」すなわち奴隷のごとき追従の手段を弄(ロウ)して主君の意を迎えようとする者として軽蔑された。主君と意見が分かれるとき、家臣のとるべき忠節の道は、あくまで主君のいうところが非であることを説くことであった。もしそのことが容れられないときは、サムライは自己の血をもって自分の言説の誠であることを示し、その主君の叡智と良心に対して最後の訴えをすることはごく普通のことであった。
このように武士にとって、名誉や公が、個人の命よりも重んじられてきた。それゆえに、金銭のような経済的事項の価値観が優先されることが少なかった。
・「国家の品格」と「武士道」
スジャータの「善・禅」日記
●武士の金銭に対する価値観
(武士道の教育に数学がなかった理由は)武士道が損得勘定を考えず、むしろ貧困を誇るからである。(p.107)
武士は金銭そのものを忌み嫌う。金儲けや蓄財を賤しむ。武士にとってそれは真に汚れた利益だったからだ。(中略)したがって武士の子は、経済のこととはまったく無縁に育てられた。経済のことを口にすることは下品とされ、金銭の価値を知らないことはむしろ育ちのよい証拠だった。(p.108)
武士道が倹約の徳を説いたのは事実である。(中略)贅沢は人間を堕落させる最大の敵と見なされ、生活を簡素化することこそ武士の慣わしであった。(p.108)
このように金銭や貪欲さを嫌ったことで、武士道を信奉するサムライたちは金銭から生じる無数の悪徳から免れたのである。わが国の役人が長い間、腐敗から遠ざかっていたのは、ひとえにこのお陰である。だが、悲しいかな、現代においては、なんと急速に金権腐敗政治がはびこってきたことか!(p.109)
従って、是枝裕和監督が描写する「仇討ちに成功した暁には、名誉の回復だけでなく褒美の金も入る。」といった内容は、武士を侮辱した捏造と言える。また、「江戸の長屋連が、綱吉の生類憐れみの令に逆らって犬鍋を食べる場面」なども酷い。渡来人と称する大陸(中国、朝鮮)からの難民が日本に移り住んだ際に、騙された一部の日本人が犬食を試みたかもしれないが、文化としては定着していない。そのため、江戸時代における犬食などあるわけがない。
どこかの国の捏造武士と意図的に同一視されるのは、大迷惑だ。
・写真で見る哀れなコリア
大日本焼肉文化研究所
朝鮮の侍、MUSA=武士
朝鮮人のごちそう。
死を悟った犬は、朝鮮人のように泣き叫ばない。
この犬には武士道を感じる。
注)日本においても江戸時代に薬肉等としての犬食があったとの文献がある模様(追記6/13)
在日の犬肉事件も併記しておく
マスコミや映画の悪影響によって、無意識ながら反日日本人だった人が目覚める数よりも、新たに生み出される反日日本人の数のほうが圧倒的に多い。この構造のままでは、確実に国が衰退していく。そのことを、まず政治家や官僚の方々に気付いて頂きたい。
そして、できるところから早速改善して頂きたい。例えば、マスコミが国籍を隠して報道することは、すぐに改善できると思う。
・★<*`∀´> 犬の頭を大量に水路に捨ててくれてやったニダ!マンセー!
★厳選!韓国情報★ 2005年12月17日
■事件の概要
【朝日】水路に犬の頭部29個 食肉業者「処分困り、捨てた」[12/16]
16日午後1時50分ごろ、東京都葛飾区小菅1丁目の東京拘置所近くを流れる水路に、犬とみられる動物の頭部が大量に捨てられているのを通行人が見つけ、近くの交番に届けた。警視庁亀有署が調べていたところ、現場近くの食肉業者の男性(82)が名乗り出て、「処分に困り、コイのえさになると思って捨てた」と認めたため、同署は廃棄物処理法違反とみて容疑が固まり次第、書類送検する。
調べでは、この業者は10月20日午後9時ごろ、仕入れたものの売れ残った食用犬の頭部を2回にわたって水路に投棄したという。見つかったのは29個の成犬の首で、一部は白骨化していた。
業者は8年ほど前に中国から食用犬肉を輸入しはじめ、中国料理店などに卸していたという。これまでは売れ残ったものは有料ゴミとして出していたが、苦情が出るようになり、処分に困って水路に捨ててしまったらしい。
■テレ朝 報道ステーションより

【関連記事】
・(H17.8.24)売国マスコミの報道内容は反対の意味として理解すべし
・(H18.2.19)儒教の教えが中華思想となる中国、武士道となる日本
追伸
ここ半年程度で、読んだ書籍の量は、古本を含め、積み重ねると恐らく1メートルを超えると思います。先の記事「Blogを執筆し、早1年。得たことは・・・。」にて述べた多読の勧めは、この経験を踏まえてのことです。まだ読書量が足りないと思いますが、中には知らないほうが良かったと思えるほどの日本にとって厳しい内容のものも数冊見受けられました(気が重くてまだご紹介しておりませんが)。
この悶々(もんもん)とした気持ちを背負って一人BLOGを続けるのが気が重いので、是非みなさまにも実情を知っていただきたいと思い、以下のようなアマゾンさんのアソシエイトを時間があるときにでも追加していこうと考えております。興味のある分野からでよいので、是非、ご購読願います。
経済的な理由でアソシエイトを始めたと誤解されてもかまいません。それよりも、日本が立たされている状況をみなさんと共有しあえる方が大事であると考える次第です。
【参考書籍】
光文社 [著] 石原 慎太郎, [著] 江藤 淳
ASIN:4334051847 /新書/199頁
発売日:1991-05
ランキング&評価:---位
4
価格:¥ --- [2006-06-15 Amache]
4三笠書房 [著] 新渡戸 稲造
ASIN:4837905633 /文庫/244頁
発売日:1993-01
ランキング&評価:---位
4.38
価格:¥ 520 [2006-06-15 Amache]
4.38
4 - 武士道ってかっこいい!!
4 - さようなら、旧五千円札の武士よ
4 - 読みやすい武士道
3 - 確かに分かりやすいです、が・・・
5 - 今こそ取り戻すべき精神文化














自分は嫌韓からはじまり、
様々な嘘や本当のことを知るようになりました。
最近では日本史をもう一度勉強しなおし、
「武士道」・「国家の品格」など
日本の美しい点を学び、
日本人としてより良く生きようと
思うようになりました
こちらでは大変たくさんのことを
学ばせていただいております。
せめて応援をさせていただきたく存じます。
それではまた
犬食はわりとポピュラーな食い物だったようです
http://drhnakai.hp.infoseek.co.jp/sub1-35.html
映画の内容は確かに感心しませんが・・・・
ただ江戸の庶民がこのような食事ができたかは
ただありえないと思うしだいです
応援ありがとうございました。
半兵衛さん
お知らせありがとうございました。
確かに文献が存在するようです。
その旨、本文にも追記させて頂きました。
※犬食が現在において見当たらない理由(西洋思想流入)も記され納得性が高かったので。
タイトルで参加している影武者(kagemusha0319@yahoo.co.jp)と申します。
このたび、ブログリング(http://blogring.ne.jp/)というSNS(ブロガーのためのコミュニティ)の中に「人気ブログランキングを語ろう」というコミュニティを立ち上げました。ランキングアップについての情報交換だけでなく、ブロガーどおしの交流を深められたらと考え、お誘いの
連絡をさせていただきました。如何でしょうか。
参加申し込みは以下からできます。
ブログリング http://blogring.ne.jp
ご参加を心待ちにしております。